第壱回 新短歌座談会

新短歌時代 昭和二年十二月号(創刊号)


瀬鬼惺 後藤勇 石田さだを 稲畑笑治 並木凡平

(前略)

瀬鬼 僕のはもうそれで結構。北海道の歌人で誰が好きですか新人で……僕は釧路の黒汐晃一郎君なんか随分好きだと思ひますが……それから高木夢二郎と云ふひとと。

並木 僕は例のアイヌの北斗君だネ。非常に僕は愉快だと思ったが、あの人の歌には詩と強さを持ってゐるネ。非常にそして民族の為めに雄々しくも戦ふといふ意気が非常に強く出て、あの人の個性が出てゐると思ふ。

石田 北斗君のあゝした歌は今後勝れて行くかどうか非常に疑問を持って居りますが。

瀬鬼 僕はあゝいふ北斗君から受ける感じはいやに、俺はアイヌだぞ、と妙に挽歌的な、無理に反抗意識と英雄主義的なところを強調するやうで、しっくりしない……

後藤 それが妙にしっくりしないやうですね、余市の短歌会でもそれを気にしてゐたやうでした。

稲畑 僕は猛烈に異端的な、退廃的な思想を持ってゐると思ふ。

瀬鬼 そんな事はない。シャモに対する反抗意識は随分深いが、そういふことは歌に強く受けるけれども、それだからこそ、めいめいシャモは、シャモとしての反抗心も、アイヌに向ける……歌のことでも、君でも僕でも、そういふ点が知らぬうちに這入っていると思ふ……どうも民族問題があるンで……

石田 いやに人ずれのしたアイヌですね。可愛気がないね。

後藤 瀬鬼さんの言った様なこと自分でも非常に気にして居りましたね、そうかも知れませんね。

瀬鬼 そういふことゝ思ってると尚更、あの人の歌境はすぼめられてゆく……一層民族闘争だから、大に反抗の気概をしめすといゝ。

稲畑 違星北斗君の持ってゐる思想といふものは社会に対する処の反逆思想だと思ふ、だからそれを出してもいゝんだ露骨に。

瀬鬼 だけど、自分の反逆思想を露骨に出したら、歌としてはいけません。

並木 とにかく僕はアイヌの文学と云ふものは見たことがないが、違星北斗君が口語歌に飛び出したといふことは、非常に力強く思ふ……

後藤 そうですね。

瀬鬼 ぢゃアこのくらいにして、あとは、編輯終了祝ひに、一杯やりませう。

十一月九日瀬鬼惺邸にて 熊谷正男氏速記


※95年版『コタン』「くさのかぜ」より