「自働道話社遠足会 高尾登山」 額田真一

自働道話 大正十四年五月 一三三号


「自働道話社遠足会 高尾登山」額田真一

 三月二十一日春季霊祭の日、自働道話社春の遠足会あり、高尾山に登りました。その日は風のなく、暖いほんとに選ばれたる晴天でした。集合地新宿駅には既に西川先生、島田氏、大久保氏が見えて居ました。それから日本排酒会の永田氏や今村氏も見えました。また見える筈の違星北斗君が、七時になっても見えず、どうした事かと案じて居ますと、七時十二分発車のベルはケタヽマシク鳴響いて止んでしまひました。もう駄目だと、諦めて。プラットホームに返す途端、違星氏が見えて大急にて汽車に飛込みました。石沢氏は吉祥寺駅から加はり、一行は氏の外に中島氏と妹さんの礼子さんと十人でした。殊に礼子さんはまだ十一歳と云ふ小さい方なのに足も大へん達者にて始終一番で登られました。みんなは色々の木や、草を見て研究しました、又大木を見ては驚き顔にて仰ぐのでした。中には四人でもかゝへ切れない程の太い杉もありました。
 頂上は大へん広い見晴で、俗に関八州他三州十一州の見下と云ひます。一向はその雄大な眺めに酔はされました。みんななんと云ふよい天気でせう、こんな暖い日はと云って大喜びでした。
 頂上の茶屋にて弁当を食べて、記念の写真を撮りました。

 帰りには反対路に降りました。こちらは少々路も険しい様でした。蛇滝、琵琶の滝などみんな小さい滝で水も僅かですが、美しい好い感じの処でした。

 路々天気よく軍歌や三角章の歌を歌つたり、又色々と面白い話が次から次と出て、知らぬうちに降りて仕舞ました。

 広い道に出ると両側に沢山の紅白の梅が今を盛りと咲いて高い香が鼻をつくのでした。

 日頃黄塵万丈の都会生活をするものに此の様な大自然に楽しむ事ほど恵まれた事は有りません須く吾等教壇は大自然の中に見出すことです、野にはユラ/\と柔らかなカゲローが立つて居るし、小川の水車のゴトリ/\の音も長閑さうにきこえて暖い春が来た事をほんとに嬉しく感じました。

  水車の音も長閑や春の昼

 などゝ口吟んで見ました。

 殊に私達一行を喜ばせた礼子さんは汽車の中でも梅の小枝をねむりかけて居る人の鼻もとに驚かせたり、渋い顔をして居る人に好い香りをかゞせて笑はせたり、ほんとに『子供の道話』に出て居るパレアナさんの様だと云つて笑ひました。

 常に職務に没頭するものには休日には斯うした志を同ふする人々と共に、オープンハアートした集いを大自然の中につくりたいと存じます。

 是れから隔月位に催うし度いものだと存じます。

 今回御都合が悪くて御出席にならなかつた御方もどうぞ御越下ある様祈ります。

 又今回御出席下さいました方々にすべて不徹底で有りました事を私から御託申ます。又御出席下さる為に駅まで御越下さった方が他に御在りかと案じて居ます。実は目標に『高尾登山自働道話社』と前夜書いて置いたのですが、違星君に託して置いた為に、同君は発車間際に来られたので折角の準備も役に立たず殊に先生からのご案内にて御越になって先生の御顔を御存じない為に引返された方には何とも申訳有りません。次回から充分に用意もして皆様の御越を期待申して居ます。


※初出誌より。青字は95年版『コタン』「くさのかぜ」に未収録。