アイヌのお噺(ウエベケレ)(第二信)

   世界の創造とねづみ                         

(清川猪七翁談 文責 北斗)
                  
子供の道話 昭和二年一月号


 世界(モシリ)は元と海もなく岡もなく雲の様な泥の様なものでありました。

 天上大神(カントコロカムイ)が黄金のよし(コンカネシュック)で突つきました。すると水が一つところに集つまり土が土で又固りました。そして干きあがりまして、水の洋々としてゐる処は海(アト゜イ)となり、岡は陸(ヤウンモシリ)となりました。万物判然と現れ、そして世界の創造が全部出来あがりました。
 
この世界を支配する神様が天上からお降りになることになりました。
 
ところが悪神(ウエンカムイ)がありました……(この神様(カムイさま)は何んでも反対するし亦外(ほか)の神様(カムイさま)をねたんだり羨んだりする悪い神威(カムイ))……心ろ密かにこの世界を自分のものにしやうと、悪計をしました。そして
「私がモシリを治めませう」
と言ひ出しました。
「イヤ私は天上大神(カントコロカムイ)の命で支配するのです」
 
と申しましても悪神(ウエンカムイ)はなか/\剛情で聞き入れません。よい神様もほと/\困つてしまひました。どちらも、ゆずり合ないので果しがつきません。かういう時ウヌプルパップペと云ふて術くらべ、或は智慧くらべ、をやつてあらそひの勝負を決定することになります。
 
そこで、よい神様と悪い神様と、ウヌプルパップペを、やることになりました。
「デハ私は先づ初めませう。いり豆を畑に蒔(まき)ます。この豆に花が咲き実が結ばなかつたら私は負けますけれど若し成功したら貴公は私に服従しなければなりません。」
 
と、悪神(ウエンカムイ)は問題を出しました。
 
正しい神様は今はいやとも言(いわ)れず、それに賛成することになりました。いつた豆だからよもや生へやうとは思ませんでいた。
 
悪神(ウェンカムイ)は、豆をいりました。そして畑にまきました。すると驚くではありませんか、件のいり豆がぽつ/\芽を出し初めました。
よい神様(カムイさま)は、サァ大変だ。これではならぬと、大そうご心配になりました。このまゝに捨て置いてはあの豆がやがて成るであらう。今負けては悪神(ウエンカムイ)にこの世界が自由勝手にもてあそばれてしまふ、はてどうしやうと。腕をくんで思案してゐました。折柄一匹のねづみがちよろ/\と出て来て、
「ご心配には及びません。私がこれからあの豆を皆根を食ひ切つて参ります」
 と云ひ去りました。ねづみは遠くよりトンネルを掘つて行きました。そして悪神(ウエンカムイ)のまいた豆を一つ残らず根を食ひ切つてしまひましたので流石(さすが)の豆も全部枯れてしまいました。
 
悪神(ウェンカムイ)は遂ひに負ました。よい神様(カムイさま)は大そうお喜びなさいまして、彼(か)のねづみを大そうおほめになりまして、ごほうびとして言渡しました。
「ねづみよ、お前はよく働らいてくれた。今度のほうびとしてお前達はこれから人間の物を喰ふ事を許可する故に。人間のこしらへたものなら何んでも遠慮なしに食ひなさい」
 
よい神様(カムイさま)のお為めになつたねづみは神(カムイ)に許され今に尚(な)ほ人間の物を喰ふて生きてゐます。
 
……(ですからねづみをむごたらしいいぢめ方或は殺しかたをするものではないそうです)……
 
 ………………………
 
世界(モシリ)は善い神様(カムイさま)をいたゞいてゐます。(完)