序に代えて  後藤静香


 実に惜しかった。違星兄、兄は私の懐かしい友でありアイヌ民族に対しての私の計画を遂行させてくれる殆ど唯一の中心人物であった。兄を失ったことは、私の此の民族へなさんとする愛の事業の大頓挫である。併し兄の永眠が此の書出版の機会をつくり、兄が我が百万の同志の血に生きて、アイヌ民族全体の幸福を来す基となるであろう。兄は死して生きた。
 兄は一個の肉体をもった以上に大きい働をされる。私は此の遺著を普及し兄を解する多くの同志をつくり、兄が愛して愛して止まなかった兄の同胞を、もっと/\幸福にして、兄の念願を到達する様に努めたい。
 私は、生ける友への挨拶の様に
「では御機嫌よう」といって此のペンを擱きたい気持がする。
 嘗て、凡てを理解した様に、今はもっとよく何でも理解されると思う。
 兄のあのにこやかな笑顔が見える。

  昭和五年三月

  希望社にて 後藤静香


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※テキストは95年版『コタン』「くさのかぜ」より