違星北斗を偲ぶ            鍛冶照三


北斗君は私と前後七ヶ年にわたつてお互いに理解し合つた間柄であつた。共に談じ共に食し、或る時は山野を跋踊し、アイヌ古蹟の調査に草を分け、歩み労れては共に寝ね、夕暮近くに帰つたことも幾度かあつた。ガツチヤキの薬を売りながら、コタン巡りをしていた頃の或る晩であつた。私の門に立つて暫くの別れにと「別れの曲」を吹奏され静かに立ち去られた。箕笠かぶりの清き尊きあの夜の姿こそは忘れようとして忘れることの出来ない思い出となつた。

(中略)

●北斗君の人柄

北斗君は稀にみる硬骨漢である。史実家であり、同時に血と涙とを多分に持つた詩人であり、歌人でもあつた。

君は常にアイヌからは大西郷も出なかつた。乃木将軍も出なかつた。ただ一人の偉人をも出さなかつたのが残念であるが、併し俺は失望しない。せめてもの誇りは不逞アイヌの一人も出なかつたことである。

朴烈や難波大助をアイヌから出さなかつたことがせぬ(ママ)てもの誇りであることをよろこびとしていた。

君の短かかつた生涯をばアイヌを覚醒さすべくコタンよりコタンへと、アウタリーの滅びゆく悲しい現実を更生さすべく同族の中より出て只一人の若き先立者として後半生を捧げ尽した功は偉大であつた。

●故人の霊への言葉

彗星の如く現われて彗星の如く消えて逝かれた君の短い一生は、不遇と病患と貧困との苦闘に生れてきたような感じがしてならない。

君逝いて早くも二十六年の星霜は流れ、世の情勢は幾変遷きわまりないものがあるが、君の思想と精神は永遠に不滅なものである。郷土誌“よいち”三周年記念号発刊されるに際し、在りし昔を偲びつつ仏前に手向け故人の霊を弔う。

(筆者は 史蹟研究家)


※「郷土誌 よいち」昭和29年8月号