『アイヌの歌人』「北斗と谷口氏」(二谷国松氏の語る北斗の思い出)

湯本喜作


(前略)

 谷口(正)氏の「コタンの夜話」には、氏が北斗の名前が知るに至った経緯が詳しく書いてある。まことに興味ぶかい記述であるから、ここに紹介する。

 谷口氏は二風谷(ニブダニ)の酋長故二谷国松さんから、初めて北斗のことを聞いたのである。


 それは、何時だったか忘れたが、とうきびのおいしい季節であった。一人のアイヌ青年が訪ねて来た。彼は違星滝次郎と名乗り、自分はアイヌの研究は同族の手でやらねばならぬとの信念で研究する傍ら、アイヌ民族の解放運動に情熱をそそぎ、全道のコタン部落をくまなく歩き、同志を求めていると自己紹介した。彼はしばらく平取のバチェラー園で働いていたが、惜しいことに平取を去り、郷里の余市で短かい生涯を終えたので、秋の一夜を、とうきびを囓りながら語りあかしたのが最後となった。彼は、また違星北斗と名乗り歌を作っていた。


 以上の物語の日から、谷口氏は北斗の研究にかかり、それから十年の歳月が流れてこの話の主も亡くなり、情熱の歌人北斗の名も知る人はほとんどなくなっている。

(後略)


※湯本喜作『アイヌの歌人』(洋々社)より