アイヌのお噺(ウエベケレ)(第一信)

   半分白く半分黒いおばけ                         

(バチラー八重子伝承)文責 北斗
                  
子供の道話 大正十五年十月号


 二人の兄弟がありました、兄(あに)さんは強くて大きくて元気のよい方(かた)でした、弟は生れつき体が弱くて兄様ほどの元気はなかつたですけれども正直で親切な弟は村(コタン)では評判者でした。お母さんの言附けもきかない兄は遊んでばかりゐまして、水をくむのも、お使に行くのも皆弟がさせられました、こうして生長するにつれて兄はだん/\悪くなりまして、毎日毎日お酒を呑んで遊んでゐました。もう村では
「アヽあれかあれはもうどうにもこうにも手の附けやうのない男だ、酒を呑んでけんかばかりする、あんな者はとても相手にされたものではない」。と爪はぢきしました。
 可愛そうに弟は弱いからだをいとはずに、或時は熊とも闘はねばなりませんでした。又或時は巨濤を乗切つてシリカツプの漁に出る、マレツプ(ホコ)をひつさげてチイップ(鮭)をとりに川にゆくのです。兄の姿は見えません、丈夫でない弟にこんなに骨折らしてゐる兄にはこの村(コタン)ではお友達一人もなくなつたのです。それでもちつとも憎めなかつた兄思ひの弟は、一番仲のよいお友達でしたのです。しかし兄にはこれをそうとは思ひませんでした、こんな弟がゐるから世間では俺を相手にしないのだ、いまいましい弟だと、自分のいけないのを考へないでひそかに恨んでゐました。
ある日のことです、いままでにない程親切に「弟よ今日は釣りに行かうではないか」と申ました。海も静だ天気もよいし、いつになく起源のよい兄の顔をみて弟は悦で賛成しました。
 それから川を下つて海に出ました、例によつて弟は一生けんめい車がいを漕ぎます、アシタポで梶をとつてゐる兄はまるでお客様のやうにかまへてゐて「まだ行かう、もう少し行かう」と弟にばかり漕がしてゐます。沖へ沖へと半日たゞ進ませてゐました、もう自分達のコタンがみえなくなつて高い山だけが遠く小く水平線にみへるだけでした。こんなに沖に来て一体なにするだらうと弟はそろ/\心配になつた、けれども一向平気で兄は尚も先へ行かうとします、其の日の夕方にやつと一つの島に着きました。
 兄「お前は一寸の間こゝに待つてゐてくれすぐ迎へに来るから」弟を上陸さして兄はどつかへ行つてしまいました。何程待つてゐても更らに迎へに来ないのです、すつかりくたびれた、お腹もすいた、日も暮れかゝつたのです。それでも、今にきつと迎へに来るだらう、と信じてゐました。そして腰からタバコ入れを取出して煙管(きせる)をくわへパクリ/\と喫てゐました。その時一陣の風と共に岩かげより大きな人間が現れました、と見ればこれはまた不思議なことにはその巨人は半分は真白く半分は真黒い顔をして半分白く半分黒い着物を着て弟の傍にづか/\とやつて来ました。やさしい弟はこの怪物をみて怖れるよりも不思議で耐(たま)りませんでした。自分が今まで喫(の)んでいた煙管を一寸(ちょっ)と袖でふいてそのおばけに「お喫(のみ)なさい」と差出しました。そのおばけはだまつてその煙管を受取るておもむろに一ぷく喫(すっ)て、怖い相貌をくずしてニツコリ笑ひました。そして
「俺は元より怪物である、お前を喰ひに来たのである、お前の兄に頼まれたから喜んでお前を喰殺すつもりで来たのであるけれども、お前は実にやさしい人間だ、罪もないお前を殺すのは可愛相である、俺は半分は白く半分は黒いがこれは半分は良心半分は悪心の魔であつて半年は悪魔の尤も猛烈な時であり半年は幾分良心に引かされて魔性のゆるやかな時である。お前ももう四五日も遅れて来たならとても助けられもせないのであるけれども、丁度良い時に来たものである、親切で正直なお前の心に免じて助けてあげませう。サア俺の帯をつかんで歩いて来なさい」
 と、申しました、仕方なしに云れるまゝ怪物の後について行きました、とても歩くのが早くて早くてまるで飛んでゐる様です、こんな断崖はどうして昇れやうと思ふ様な処でも何の苦なしに上がられます、そして大きな岩屋に着ました、件のおばけは声をひそめて
「今暫らくこゝにかくれてゐなさい」
 と、うす暗い物かげに隠してくれました、どうなることかと心配しながらぢつとしてゐましたら怖ろしい風音してどつからともなく悪魔が集つて来ました
「アア良い匂がするネ」
「人間臭い、良い匂だ」
 怖くて恐ろしくて耐まらないのですけれどそつとすき見しますと、これは/\半分白く半分黒いおばけの群れです。するとさい前(ぜん)のおばけは
「ウン人間臭いのも道理ださつき人間の村(コタン)から飛んで来た烏(パシクル)が屋根の上でないてゐたつたそれだから人間臭いのだ」
「そうかいナァーンダ」
「がつかりするネ」
 またも大きな風音と共に帰った様子です、
「サアもう大丈夫だ出てゐらつしやい、そうだそうだ、お腹がすいてゐるだらう。よし/\待つてゐなさい。今まごはんを進(し)んぜやう」と、半分白く半分黒い大きなお鍋に半分白く半分黒いお米(アマム)を煮ましたそしてお膳もお椀もおはしもことごとく半分白く半分黒いものづくしです。沢山ご馳走になりその夜は安心して一泊しました。あくる日でした、
「お前の兄は大そう悪い者であるが、それに引替へ弟はなか/\感心であるから良い宝物を授けてあげるにより大切に保存せよ、村に帰つてもそのやさしき心をなくせない様にしてゐなさい。此の寶さへあれば一生幸福に暮せるであらう。」(宝物は何であるか不明)
「誠に有難う存じます」
 と、おし戴きました。その日のうちに送られて帰りました、驚いたのは兄です、村(コタン)の同族(ウタリー)に「弟は舟から落て行先不明になつた」と、よい加減な事を云ふてゐたのがふいに帰つて来たのです、村の人は大そう悦んで迎へました、それからと云ふものは弟は益々評判がよく幸運が続くのみでした。
 つく/゛\と考へた兄は羨やましくてなりませんでした、其の後ひそかに彼(か)のおばけの島にと舟出しました、けれどもそれつきり兄の消息を知る人はありません、二度と村に帰つて来ない兄はどこでどうなつたでせう?
  ………………………
 正直で親切な弟はそれからと云ふものは本当に目出度(めでた)く栄へました。(ヲワリ)
(ウイベケレには兄弟の名が現はれてゐませんでした)