闘病 キーワード歌集
『コタン』「日記」昭和3年4月25日
喀血のその鮮紅色を見つめては
気を取り直す「死ぬんぢゃならない」
キトビロを食へば肺病直ると云う
アイヌの薬草 今試食する
見舞客来れば気になるキトビロの
此の悪臭よ消えて無くなれ
これだけの米ある内に此の病気
癒さなければ食ふに困るが
『コタン』「日記」昭和3年5月8日
熊の肉俺の血となれ肉になれ
赤いフイベに塩つけて食ふ
熊の肉は本当にうまいよ内地人
土産話に食はせたいなあ
あばら家に風吹き入りてごみほこり
立つ其の中に病みて寝るなり
希望もて微笑みし去年も夢に似て
若さの誇り我を去り行く
『小樽新聞』昭和3年5月12日
喀血のその鮮紅色をみつめて気をとりなほし死んぢゃならない
キトビロを食へば肺病もなほるといふアイヌの薬草いま試食する
これだけの米のあるうちこの病気全快せねばならないんだが
『コタン』「日記」昭和3年5月17日
酒飲みが酒飲む様に楽しくに
こんな薬を飲めないものか
薬など必要でない健康な
身体にならう利け此の薬
『新短歌時代』昭和3年6月号
あばら家に風吹きこめばごみほこりたつその中に病んで寝てゐる
永いこと病床にゐて元気なくこころ小さな俺になってゐる
『小樽新聞』昭和3年6月5日
熊の肉、俺の血になれ肉になれ赤いフイベに塩つけて食ふ
『コタン』「日記」昭和3年6月9日
死ね死ねと云はるるまで生きる人あるに
生きよと云はれる俺は悲しい
東京を退いたのは何の為
薬飲みつゝ理想をみかへる
『コタン』「日記」昭和3年7月18日
続けては咳する事の苦しさに
坐って居れば縄の寄り来る
血を吐いた後の眩暈に今度こそ
死ぬぢゃないかと胸の轟き
何よりも早く月日が立つ様に
願ふ日もあり夏床に臥し
『コタン』「日記」昭和3年10月3日
永いこと病んで臥たので意気失せて
心小さな私となった
頑強な身体でなくば願望も
只水泡だ病床に泣く
アイヌとして使命のまゝに立つ事を
胸に描いて病気を忘れる
『コタン』「日記」昭和3年10月26日
此の病気俺にあるから宿望も
果たせないのだ気が焦るなあ
何をそのくよくよするなそれよりか
心静かに全快を待て
『コタン』「日記」昭和3年12月10日
健康な身体となってもう一度
燃える希望で打って出たや
『コタン』「日記」昭和3年12月28日
此の病気で若しか死ぬんぢゃなからうか
ひそかに俺は遺言を書く
何か知ら嬉しいたより来る様だ
我が家めざして配達が来る
『小樽新聞』昭和3年12月30日
あばら家に風吹き込めばごみほこり立つその中に病んで寝てゐる
永いこと病床にゐて元気なく心小さなおれになってゐる
『コタン』「日記」昭和4年1月6日
青春の希望に燃ゆる此の我に
あゝ誰か此の悩みを与へし
いかにして「我世に勝てり」と叫びたる
キリストの如安きに居らむ
世の中は何が何やら知らねども
死ぬ事だけは確かなりけり
『コタン』「私の短歌」昭和5年5月
病よし悲しみ苦しみそれもよし いっそ死んだがよしとも思ふ
若しも今病気で死んで了ったら 私はいゝが父に気の毒